読み物
動物と話ができる少女 ティッピになりたかった
大学では、4年間サービスのアルバイトに精を出す
ー 「神楽坂 石かわ」で働くことになったきっかけは何ですか?
元々私は、他の子たちの経歴とは違って、4年制の大学を出ています。
大学では、飲食とは関係ないことを勉強していました。
動物応用科学科という学科で、その時にホテルで接客のアルバイトを始めました。
ここで、はじめて接客という仕事に触れたのですが、それがとても楽しかったんです。
勉強するよりも、実際に体を動かして人と接することがすごく楽しくて。
在学中は、勉強よりもアルバイトに精を出していて、4年間ずっとその仕事をしていました。
ー 4年間、ずっとですか?
はい。大学はAO入試で早くに決まったので、厳密には高校の終わりごろからです。
卒業が近づき、次は就職となった時に、周囲の皆は順当に行くと理系の学校らしい就職先なんですが、私は、いまひとつピンとこなくて。
皆と同じことをするというのが。
就職するなら、さらに接客を極められるような場所に自分の身を置きたいと思ったのが、石かわで働くきっかけです。
早速、求人を探し始めて、出てきたのが石かわの求人情報でした。
ー いきなり「石かわ」の求人が出てきたんですか?
「飲食店 求人」で検索したら、飲食専門の求人情報が出てきて。
その中に載っていたんです。
お客様に対して、徹底して追及して考える
ー 他のお店もたくさん載っていたわけですよね?なぜ「石かわ」にしたんですか?
他の会社は、休みが多いですとか、待遇がいいですとか、そういうことが主に書かれていたのですが、当時の石かわの求人では、
「仕事には妥協しなくていい」とか、
「お客様に対して徹底して追及して考える」とか、
掲載内容が、他で書かれていることとは、まったく違ったんですよね。
求められていることがまったく違う。
私がやりたかったことは、接客を極めたいということだったので、ここなら、もっと自分を高められるんじゃないかと思って応募しました。
ー 何年前ですか?
2011年ごろでしたので、15年前ですね。
本物のサービスの仕事を極めたい
ー 接客を極めるのは、当時のアルバイト先ではダメだったんですか?
当時のアルバイト先では、例えば器ひとつとっても、ただの白皿だったり、洗い方もガシャガシャっと洗って、ウォーマーに入れて終わり、という感じでした。
数が多いというのもあったんですが、もっと作家さんの器を扱うような和食のお店だったり、店内のしつらえも一つ一つ本物が置いてあるようなお店に興味が出てきて。それで、そんなお店を覗いてみたいという気持ちでした。
ー アルバイトをしていた時のお話ですよね。なぜ、器まで気になるようになったんですか?
当時、アルバイト先の先輩や同じ歳の子たちと、ちょっと高いお金を払ってでも、いいレストランに行ってみようということがありました。
そこで、高級なお店を初めて知って、こんな世界もあるんだって。
その時に漠然と、こういうお店で働いてみたいと思ったのかもしれません。
ー それはどんなお店ですか?
アルバイト先の上司が、フレンチがとても好きで、いろんなお店を教えてもらったり、一緒に食事にも行ったりして、ワインも教わったりしました。
「ワインってこういう飲み物なんだ」
みたいな感動があったり、当時の若かった私には、とても刺激的で新鮮でした。
そこで、こういう世界で自分も仕事をしてみたいって、思ったのかもしれないですね。
ー そんな時に、石かわの求人をみて、ここだと思ったんですね。
せっかく日本人なんだから着物も着てみたい
料理のジャンルは、ぼんやりしていたのですが、せっかくだったら着物を着てみたいという気持ちもありました。
日本人ですし、日本の文化にも触れたくて。
和食の世界も気になっていたので、私がやりたいことがあるかもしれない。
そう思って、応募しました。
当時はまだ、ミシュランのことも知りませんでしたし、三ツ星がどういうことかも、あまりよくわからないまま応募したんです。
大勢の人とは違う選択をするタイプ
ー 大学は、まったく違う分野の勉強ですよね。きっと周囲の人も違う雰囲気ですよね。
自分の特徴なのかもしれないですが、私は、大多数の人が好んでやることとは違う方を選択する人生だったかもしれません。
振り返ると高校生の時も、みんなは塾に通って六大学やMARCHを目指す、というのがほとんどでした。
進学校でしたので。
ー 行った学校は、動物の学校ですよね?
そうです。動物応用学科です。獣医になりたかったわけではないのですが。
ー 周りは、みんな獣医を目指す人たちですよね?
そうです。
獣医になりたいとか、動物が好きとか、そういう人たちです。
でも私は、動物はちょっとだけ好きというのはあったのですが、犬を飼っていたとか、そういうこともなくて。
でも、学校説明会で採用担当の先生とお話したときに、何となくウマが合う感じがして。
ー どうウマが合ったんですか?
とても話しやすい先生でした。
その時は、やりたいことも決まっていなかったですし、将来も漠然としていました。
でも、この先生がいるなら、この学校にしてみようと。
そこで、自分は頭で勝負できないから、自分を売り込みにかかったんですよね。
ー この獣医の学校に?
私、この学校にAO入試で入ったんです。
ー でも、獣医を育てる学校ですよね?
学校は獣医になる学校でしたが、獣医とはまた別に、4年制の学科があって、それが動物応用学科だったんです。
校舎には馬とか犬とかがいて、動物の行動研究をしたり、腸内細菌からいろんな研究をしたりとかしていました。
ー その先生、すごいですね。周りの人は、ひっくり返りますよね。 「動物、そんなに好きだったっけ?」って。
ティッピという少女に感動して
元をたどると、小さい時に「どうぶつ奇想天外」という番組があって、そこにティッピという少女が出ていて、その少女が、野生の動物、ライオンとかと心を通わせるんです。
動物も、彼女にだけは心を開く。襲ったりしないんです。
すごい特別な力を持った少女に、とても感動して。
こういう少女になりたいって、小さいながらに思って、そこから、動物というキーワードが、ずっと自分の中にありました。
小学生の頃によく読んでいた文庫本も、『動物の心がわかる少女の話』みたいなものでした。
ティッピになれるとは思っていなかったのですが、何となく動物と人間の可能性を感じて、そういう勉強をしてみたかったというのは、学校選びの理由になりました。
相手が何を考えているのかを知ること
ー それでも、4年間は、接客に精を出していたんですよね?
振り返ると、私は相手が何を考えているのか、ということに興味があって、それが今の仕事とつながっているのかもしれません。
言葉を交わさずに相手のことがわかる。
相手が動物か人かの違いだけです。
だから、動物の学校を選んだのも、きっと、相手の気持ちが知りたかったからだと思います。
動物だから、言葉を交わさない。でも、相手の気持ちがわかる。
根本は、そこに感動して、自分もそうなりたかったのかもしれません。
動物は、どう思っているのかとか、どうしたら吠えないのかとか。
そういう、心を通わせる気持ち。
相手が思っていることを考える。そういうことがきっと好きなんです。
ー 今の仕事でも相手の心を読む、ということですよね。
表情とか仕草とか、押し付けにならないように、今、お客様は本当はどうしたいのかな、と常にアンテナを張るようにしています。
ルールがあるわけじゃない。空気や感覚を読む
ー それは、どうやってわかるんですか?
表情とか、ちょっとした音かもしれません。
実際には、もっと細かなことかもしれないですが、お客様の会話が聞こえていなくても、何となく食べ進めている感じとか、お料理のペース、仕草から感じます。
そんな空気のようなものを読むようには心がけています。
ー 以前、ある会社で打ち合わせをしていた時、ちょうど出されたお茶が無くなったタイミングで、すっとお茶を取り換えに来てくれた場面があったんです。 それで、理由を聞いてみたんです。そしたら、「だいたい30分くらいで取り換えるようにしています」と言っていました。そういうルールみたいなものはあるんですか?
ルールがあるわけではないです。
感覚的なことなので伝えるのはとても難しいんですけど。
ただ、この仕事が、そういう感覚を大事にする仕事だから、ここにずっと居られるのかもしれないですね。
きっと、みんなも、同じ感覚で仕事をしていると思います。
気持ちを込めて仕事をしてもいい
例えば「30分に1回はお茶を取り替えましょう」と言われたからといって、ただ従うのではなく、そこに思いを込めたいです。
相手が欲しいと思っていないのに、出してもしょうがないですし、「ルールだから出します」だと、相手への思いが入っていないじゃないですか。
そういう仕事はしたくないです。
でも、ここだったら相手への想いで仕事をしてもいい。
お茶1杯出すにも、そこに気持ちを込められる。
教えるというよりは、意見の共有や交換
ー そういったことは、教えたり、メンバーで意見し合ったりするんですか?
教えるというよりは、考えの共有、意見の交換ですね。
お茶を出したり、何かをするタイミングは、お互いに感覚を伝え合っています。
今だと、新しく入ってきた子がいますが、経験値がそんなに多いわけではないので。
「今の場面なら、私だったらこうするかな」とか。
「ここが終わってから、こうしてから行くな」とか。
そういった話をします。
こうしたら、お客様はもっと嬉しいよね。
ということを伝えたり。
毎日、新たな「ベスト」が生まれる
ー 正解があるわけではないんですね。 やってみたけれど、やっぱり違った、ということはあるんですか?
15年続けていると、なんとなくですが、これはどっちがいいのかなという場面で「こっちがいい」というのは出てくるようになります。
それが正しいとは思わないですが、そういう判断が積み重なってくる。
常に、今の私の中でベストで選ぶ。
仕事は、過去の経験をあれこれ引っ張り出して、その時その時のベストを出すという作業ですかね。
ー 毎日、新たなベストが生まれる。というのは素敵ですね。
それでも、これで本当に良かったかなとか、こっちのほうがもっと良かったのでは?と思うことはあります。
それも、新しい引き出しが増えることにはなります。
そんなことをずっと繰り返し、15年培った中で、今できるお客様へのベストというのは何となくあるので、これからも伝えて共有していきたいです。